大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和55年(ワ)4609号 判決

原告 東日本観光バス株式会社

右代表者代表取締役 愛野克明

右訴訟代理人弁護士 藤光巧

同 栗田和美

同 川上明弘

被告 社団法人日本能率協会

右代表者理事 十時昌

右訴訟代理人弁護士 川崎友夫

同 大江保直

同 吉田正夫

同 柴田秀

同 狐塚鉄世

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二八〇万円と、これに対する昭和五五年五月二一日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、一般貸切旅客自動車運送等を目的とする会社である。

(二) ときわ観光株式会社(以下「ときわ観光」という。)は、旅行業法に基づく旅行のあっ旋等を目的とする会社である。

(三) 被告は、公私企業及び団体等の経営管理の研究並びに改善の指導を目的とする公益法人である。

2(一)  ときわ観光は、原告がときわ観光から請負った丸ノ内・晴海間の旅客バス運送の代金支払いのため、別紙手形目録記載の約束手形を振り出した。

(二) 原告は、右手形を所持している。

3(一)  原告は、右約束手形金債権を保全するため、昭和五四年一〇月一七日、東京地方裁判所に対し、ときわ観光が被告に対して有する丸ノ内・晴海間のバス輸送請負契約に基づく運送賃請求権の仮差押を申請し(東京地方裁判所昭和五四年(ヨ)第七二九三号債権仮差押申請事件)、同月一八日、右決定を得た。

(二) 原告は、被告に対し、債権の認諾の有無、支払いの意思等の陳述を求めた。

(三) 被告は、(1)債権の存在は認めない、(2)当事者及び金額が異なる、ときわ観光に対しては債務を負っていない、と回答した。

(四) 原告は、被告の右回答を信じ、前記仮差押申請を取下げた。

4(一)  しかし、被告は、ときわ観光に対し、二八〇万円の運送代金債務を負っていた。すなわち、ときわ観光と株式会社レッド・エンタープライズ(以下「レッド・エンタープライズ」という。)ないしワールドエンタープライズとは、以下のとおり、実体は同一であるから、株式会社レッド・エンタープライズないしワールドエンタープライズに負担した債務は、ときわ観光に対して負担した債務というべきである。

(1) ときわ観光は、昭和五四年一〇月初旬ごろ、多額の債務をかかえて倒産した。

(2) ときわ観光の取締役である久保田一紀(以下単に「久保田」という。)は、ときわ観光の債務を免れるため、昭和五四年九月ごろ、休眠会社であるアサヒ興産株式会社(本店所在地東京都港区西麻布三丁目一番二二号)を買収した。

(3) 久保田は、アサヒ興産の商号をワールドエンタープライズと変更しようとしたが、類似商号の関係で商号変更ができなかったため、昭和五四年一〇月一七日、レッド・エンタープライズと商号変更した。

(4) そして、ときわ観光の取締役である久保田がレッド・エンタープライズの取締役に、ときわ観光の取締役で久保田の妻である久保田美恵子がレッド・エンタープライズの監査役に、ときわ観光の監査役である三間和己がレッド・エンタープライズの代表取締役に、それぞれ就任した。

(5) レッド・エンタープライズの本店所在地も、東京都港区新橋二丁目一五番八号に変更された。右所在地は、ときわ観光が債務整理を依頼したと称する日本法人協議会の所在地と同一である。

(6) また、レッド・エンタープライズは、ときわ観光の取引先を承継した。

(7) 久保田は、昭和五四年九月ごろ、被告に対し、ときわ観光の社名をワールドエンタープライズとしたが、類似商号の関係で商号変更登記ができないので、レッド・エンタープライズとの商号で登記した旨説明している。

被告は、ワールドエンタープライズと取引した旨主張しているが、右のような事実のもとでは、ワールドエンタープライズはレッド・エンタープライズと実体は同一であり、レッド・エンタープライズは法人格を濫用したものであるから、ときわ観光とレッド・エンタープライズは、同一会社というべきである。

(二) 被告は、その後、二八〇万円の支払いをなしたが、ときわ観光は、何らの資産もなく、倒産しているため、原告は、ときわ観光に対する運送代金債権二八〇万円を回収することが事実上不可能となった。

5  (被告の不法行為責任)

被告は、真実の陳述をなすべき義務があるにもかかわらず、ときわ観光に対して債務を負っていない旨虚偽の陳述をして、原告がときわ観光に対して有する債権二八〇万円の回収を事実上不可能にした。

したがって、被告は、民事訴訟法六〇九条二項後段に基づき、原告に生じた二八〇万円の損害を賠償する責任がある。

6  (被告の契約上の責任)

(一) 原告会社坪井純雄営業部長が、昭和五四年一〇月二九日、被告法人を訪れた際、被告法人小河信雄経理部長(当時)は、久保田と原告との間で話しがつかない限り輸送請負代金の支払いをしない旨約束した。

(二) 原告は、小河部長から、久保田が株式会社ワールドエンタープライズ(後にレッド・エンタープライズという。)を設立したことを教えてもらい、昭和五四年一一月八日、東京地方裁判所に対し、レッド・エンタープライズを債務者とする仮差押を申請し(東京地方裁判所昭和五四年(ヨ)第七九一五号事件)、同月一六日、右決定を得た。

(三) ところが、被告は、前記約束に違反して、右決定送達前に久保田に対し運送代金を支払ったため、原告は、前記約束手形金債権を回収できなかった。

したがって、被告は、右契約違反に基づき、原告に生じた二八〇万円の損害を賠償する責任がある。

7  よって、原告は、被告に対し、損害賠償金二八〇万円と、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年五月二一日から支払いずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2  同2(一)及び(二)の事実は不知。

3  同3(一)ないし(三)の事実は認め、同(四)の事実は不知。

4  同4(一)冒頭の事実は否認する。

5  被告は、昭和五四年九月二五日ころ、ワールドエンタープライズこと久保田一紀との間において、同年一〇月一日から同月六日までの丸ノ内・晴海間のバス運送請負契約を締結したものであり、ときわ観光あるいはレッド・エンタープライズとの間でバス運送請負契約を締結したことはない。

6  同5は争う。

7  同6は争う。

被告経理部長(当時)小河信雄は、原告営業部長坪井純雄に対し、「東京地方裁判所より仮差押決定正本及び第三債務者の陳述の催告書が送達されてきているので、丸ノ内・晴海間のバス運送請負契約の取引経過について事実関係調査中である。代金の支払いは調査中なので保留している。」と告げたものであり、原告主張のような約束をした事実はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、請求原因2(一)及び(二)の事実が認められる。

三  請求原因3(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争いがない。

請求原因3(四)の事実は、弁論の全趣旨により認める。

四  すでに認定した事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  ときわ観光は、旅行業法に基づく旅行業等を目的として、昭和五二年一二月一九日、設立の登記をなした。ときわ観光は、本店を東京都中央区月島三丁目一三番二号におき、代表取締役に峯澤美子(久保田の母親)、取締役に久保田及び外山高弘、監査役に三間和己(久保田の姉)が、それぞれ就任した。

2  ときわ観光は、旅行あっ旋業を営み、代表取締役峯澤が経理を担当し、久保田が手配業務等の営業部門を担当した。久保田は、専務あるいは部長と呼ばれることがあった。昭和五四年八月当時、峯澤と久保田の外に、二名の使用人がいた。

3  ときわ観光は、昭和五三年ごろより、被告と取引を始めた。昭和五四年六月も、被告から、展示会場のある晴海と丸ノ内との間を結ぶ無料送迎バスの運行を請負った。次回の展示会が同年一〇月に開催される予定であったため、一〇月の送迎バスもときわ観光が運行するとの話しが、ときわ観光と被告との間で、ほぼまとまっていた。

4  原告は、昭和五四年六月、ときわ観光から、前記の丸ノ内・晴海間のバス運送を請負ったが、右運送代金のうち、三五七万三〇〇〇円が未払いとなった。

5  ときわ観光は、昭和五四年八月、手形の不渡りを出した。その結果、ときわ観光との取引は警戒された。ときわ観光は、一〇月の送迎バスを請負う会社を捜したが、原告をはじめこれを請負う会社はなかった。

6  久保田は、ときわ観光(昭和五四年九月には第二回目の不渡りを出している。)という名をもって営業をすることができなくなったので、ときわ観光から独立し、新たに株式会社ワールドエンタープライズという会社を設立することにし、昭和五四年九月二〇日すぎころ、被告に対し、ときわ観光で送迎バスを手配することができないので、久保田が独立して設立する株式会社ワールドエンタープライズがバス運送を請負いたい旨申し入れた。被告は、同月二五日ごろ、これを承諾した(被告としても、ときわ観光でバス手配ができなくなったからといって、直前に他の会社に送迎バスの手配を依頼することは困難であった)。

7  久保田は、被告に対し、「(株)ワールドエンタープライズ東京都港区新橋2―15―8代表取締役久保田一紀」と記入した見積書を提出した。なお、代金は、昭和五四年一〇月二五日に現金で支払う条件であった。

8  久保田は、同人の個人的な知り合い等を通じてバス(いわゆる白ナンバーの車)を確保し、昭和五四年一〇月一日から六日までの間、丸ノ内・晴海間のバスを運行した。

9  被告に提出された請求書も、「(株)ワールドエンタープライズ東京都港区新橋2―15―8代表取締役久保田一紀」と記入されている。

10  ところで、久保田は、アサヒ興産株式会社(目的海運業等、本店所在地東京都港区西麻布一丁目一〇番一七号、昭和四九年一一月一八日設立登記)をワールドエンタープライズと商号変更する予定であった。ところが、類似商号の関係で、ワールドエンタープライズと商号を変更することができなかった。そこで、アサヒ興産株式会社との商号を株式会社レッド・エンタープライズと商号変更することにし、昭和五四年一〇月一九日その旨の登記をし、同時に、目的を旅行のあっ旋のほか自動車の売買及び輸出入等に、本店所在地を東京都港区新橋二丁目一五番八号に変更し、代表取締役に三間和己、取締役に久保田及び成田秀雄、監査役に久保田美恵子(久保田の妻)が、それぞれ就任した旨各登記した。

しかし、久保田がレッド・エンタープライズの名をもって営業活動することは、ほとんどできなかった。

11  原告は、ときわ観光に対する前記未払運賃の支払いのため受け取った約束手形金債権を保全するため、昭和五四年一〇月一八日、ときわ観光が被告に対して有するバス運送請負契約に基づく運送賃請求債権を仮に差し押える旨の決定を得た。

12  被告は、右仮差押命令の送達を受け、債権の認諾の有無等について陳述を求められた。被告は、事実関係を調査し、弁護士と相談して、株式会社ワールドエンタープライズとの名義で契約したが、当時右のような会社は存在しなかったことを確認したうえ、ときわ観光に対して債務を負っていない旨答えた。しかし、裁判所から書類が送られてきており、慎重を期すため、昭和五四年一〇月二五日の代金支払いを延ばした。

13  ところが、久保田は、前記送迎バスの請負代金を請負った業者に支払う必要があったため、被告に対し、運送代金を支払ってほしい旨要請した。右のような事情を聞いた被告は、久保田及びときわ観光から、ときわ観光がバス運送契約の当事者でない旨の確認書をとって、昭和五四年一一月九日、久保田に対し、二八二万二〇〇〇円を支払った。

14  右代金の領収証にも、「(株)ワールド・エンタープライズ代取久保田一紀」と記入されている。

証人久保田一紀は、ワールドエンタープライズが類似商号の関係で登記できなかったので、レッド・エンタープライズを設立したわけではない、ワールドエンタープライズとレッド・エンタープライズとは別個である旨証言している。しかし、前記認定のレッド・エンタープライズの設立時期、役員構成、目的及び本店所在地に照らし、右証言部分は到底信用できない。

五  (請求原因5―被告の不法行為責任―について)

前項認定の事実に基づき、被告の不法行為責任について検討する。

1  (法人格の同一性について)

被告とのバス運送請負契約は、前記認定のとおり、久保田が株式会社ワールドエンタープライズとの名をもって契約している。しかし、株式会社ワールドエンタープライズとの会社は、当時存在していない。

右のような場合の契約当事者確定の問題としては、ワールドエンタープライズこと久保田とみるか、あるいは設立中の会社(ないしこれと同視ししうる。)の名をもってした契約とみるべきということになると思われる。前者であれば、レッド・エンターライズと法人格の同一性がないことは明らかであり、後者であったとしても、前記契約に基づく権利義務が当然にレッド・エンタープライズに帰属するわけではない。そして、いずれにしても、前記認定事実のもとでは、ときわ観光と久保田(あるいはワールドエンターライズ)及びレッド・エンタープライズとが全く同一の法人格であると解することはできず、他に両者が同一の法人格であると認めるに足る証拠はない。

2  (法人格否認の法理について)

原告は、レッド・エンタープライズは法人格を濫用したものである、と主張している。

しかしながら、手続の明確、安定を重んずる強制執行手続においては、甲に対する執行力の範囲を甲が法人格を濫用して設立した乙会社にまで拡張することは許されないと解するのが相当である。

これを本件についてみれば、仮にレッド・エンタープライズの設立が法人格の濫用に該当すると認められるとしても(本件にあっては、久保田がときわ観光の債権者を害する意図をもって会社を設立したと認めるに足る証拠はなく、法人格の濫用とまでは認められないが。)、ときわ観光を債務者、被告を第三債務者とする仮差押決定の効力は、久保田がワールドエンタープライズとの名義をもって被告との間で締結した契約にまで及ぶと認めることはできない。

3  (まとめ)

以上検討したところによれば、原告を債権者、ときわ観光を債務者、被告を第三債務者とする前記仮差押決定の効力は、久保田がワールドエンタープライズ名義で被告と締結した契約に及ぶと解する余地はないから、法人格の同一ないし法人格の濫用を理由に仮差押決定の効力が右契約に及ぶことを前提とする原告の主張は、理由がない(仮に仮差押決定の効力が右契約に及ぶことを肯定しても、前記認定の事実関係のもとでは、契約当事者の確定は極めて難しい法律判断を要するから、契約当事者がときわ観光でないとした被告の判断に過失を認めることは困難である。)。

六  (請求原因6―被告の契約上の責任―について)

《証拠省略》によると、原告会社営業部長坪井純雄は、昭和五四年一〇月二九日、弁護士栗田和美とともに、被告を訪れ、被告経理部長小河信雄と前示仮差押問題について話し合っていること、そこで、坪井は、小河から、久保田がワールドエンタープライズという会社を作ろうとしたが、類似商号の関係でレッド・エンタープライズを作ったと聞かされたこと、小河は、真相がはっきりするまで代金支払いを留保しておく旨発言していること、がうかがわれる。しかし、被告が、原告に対し、久保田と原告との間で話しがつかない限り、バス運送請負契約に基づく代金を支払わないとの、法的不作為義務を負担する契約をした、と認めるに足る証拠はない(前示のような紛争を生じている場合においては、原告と久保田との間で話し合いがついて真相がはっきりするまで、代金の支払いを留保したい旨の発言がなされるであろうことは、容易に推測できる。しかし、右のような発言があったからといって、書面を作るといった特段の事情のない限り、直接の関係がない債権者と第三債務者との間において、直ちに法的拘束力を有する不作為義務を生じさせる合意が成立したと推認することは困難である。)。

七  以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林正明)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例